おすすめの「イザヤ」5選 – Kindle本

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おすすめのKindle本「イザヤ」

啜麺論(てつめんろん): 音を立てて麺類を食うのはそんなに恥ずかしい行為か

四人の筆者が、麺類は音を立てて食べるべきだとする根拠を、様々な角度から論じた本。ヌーハラ(ヌードル・ハラスメント)論争も何のその。これを読めば、あなたも世界に向かって堂々と麺類をすすれるようになること請け合いです。(笑)
初版出版後の情勢の変化を踏まえ、補遺1,2,3を加えた待望の増補改訂第3版!

目次:
はじめに
合理性を追求すれば、麺はすするべし
ずずず!
あなたはご存知ですか
オール・ユー・ニード・イズ・ススル
あとがき
補遺1 韓国啜麺事情
補遺2 うどん県の挑戦
補遺3 ヌーハラ論争勃発

霊名 イザヤ (角川文庫)

新進の童話作家で幼稚園経営者の深沢将人は、開かずの金庫から奇妙な文書を発見する。調べてみると、それは中世キリスト教の異端カタリ派の聖典『イザヤ昇天録』であり、そこには亡き母の手による書き込みがあった。「イザヤにとって、マナセを殺すことは、絶対に避けることのできない運命だ。お前は必ず、ここへ来ることになっている」正体不明の発作に加え、新任の保母・小津江真奈世のオカルトめいた言動に悩まされていた将人は自らの洗礼名イザヤとの符号に愕然とし、精神的に追いつめられていく……。衝撃のオカルティック長編ミステリ!

日本教は日本を救えるか

『日本人とユダヤ人』の著者が日本社会にメスを入れる!
「日本教」がわかれば日本がわかる。日本人を日本人たらしめている「日本教」という、
日本独自の思想構造を、ユダヤ教、キリスト教との比較を試みながら明らかにする。
日本人の意識の中に明治天皇の墓はない、日本教の創世記は貝原益軒の『大和俗訓』である、
日本全体が待合である、日本人の考え方は「教育勅語」から一歩も出ていない……などなど、
卓越した視点から日本をリアルに描きだす。

クレイ聖書解説コレクション「イザヤ書」

■ 聖書研究にも、ガイドブックとしても!
「聖書が分かる」喜びを、もっと多くの方へ。

聖書を読んでいるけれど「実は意味がよく分からない」という事、ありませんか?

現代に生きる私たちがその内容を理解するためには、当時の時代的な背景、書かれた土地の文化、そして聖書全体における文脈を知ることが重要です。

このツボを押さえれば、ますます聖書を読むのが楽しくなります。

■本書の内容

南北に分裂したイスラエルは「罪を犯す国、咎重き民、悪を行なう者どもの子孫、堕落した子ら」と呼ばれるほどの存在になっていました。
そんな中、預言者イザヤを通して主の怒りと厳しい審判の言葉が語られます。
しかし同時に、神のあわれみによってエルサレム(シオンの娘)が残されたこと、イスラエルの「残りの者」が恵みによって残されていることが告げられ、絶望的な中から、回復と希望のメッセージが聞こえてきます。
これこそ、イザヤ書全体を貫く中心テーマです。

メシア預言、異邦人の救い、終末時代におけるユダヤ人の救い、キリストの再臨、そして千年王国から新天新地まで、壮大な神の計画が啓示されているイザヤ書は、一人で読んで理解するには難しい一面も。
そんなイザヤ書の解説を、24年続いたテレビ番組「ハーベスト・タイム」でおなじみの中川健一牧師が、初めて聖書に触れる方でも分かりやすい文章でお届けします。

(本書は、月刊デボーションガイドClay【クレイ】1999年7月号~2000年6月号に掲載されたイザヤ書の解説記事を書籍化したものです。)

■本書の読み方

本書には聖書本文は含まれていません(引用文を除く)。本書をご利用の際は、聖書を傍らに置いてまず該当箇所を読み、その後に解説文を読まれることをおすすめします。
なお、特に断りのない限り、本書の聖書引用は新日本聖書刊行会の新改訳聖書(第3版)を使用しています。

■著者紹介

中川健一(ナカガワ ケンイチ)
1947年大阪府に生まれる。一橋大学を卒業後6年間のサラリーマン生活を送り、米国トリニティ神学校へ留学。テレビ番組「ハーベスト・タイム」を通して24年もの間、聖書の福音をお茶の間に届ける。現在もイスラエルを頻繁に訪問し、聖書が書かれた当時の風習や文化をふまえた聖書解説に定評がある。著書は『日本人に贈る聖書ものがたり』シリーズ(文芸社、文庫版全8巻)など、多数。

旧約聖書の歴史(前編) 創世記から捕囚まで

旧約聖書の歴史 前編 創世記から捕囚まで

旧約聖書は如何にして誕生したのか?その編纂は、実に国が滅んでからだった。最後王朝であった南ユダ王国の滅亡は、イスラエル民族に北の滅亡以上の衝撃を与えた。北王国は金の子牛を礼拝し、エルサレム神殿もなく、ダビテ王朝もなかった。滅ぶのは当然だと考えていたのに、南ユダにはエルサレム神殿もあり、ダビテが築いた王朝でもあった。ユダ王国は神から見放され、南ユダ王国が北に優越性も失い、異教の神に負けてしまった。何故、神から永続的に祝福されたダビテの国が滅んだのか?何故、神が住まうエルサレム神殿は崩壊したのか?保存された北イスラエル滅亡時の預言者・アモスやホセヤ書が、その懐疑と絶望の苦闘の証言といえる。申命記史家は深刻な問題に直面し、ユダ王国マナセ王の悪行だと単純化して列王記をまとめ、ダビデ王朝の復興に希望を抱いて列王記を終えている。しかし、この期待は実現しなかった。帰還後、宗主国ペルシャに王家の再興は拒否された。第二イザヤ「苦難の僕(イザ53章)」がその失敗の証である。申命記史家はここで一時挫折したのかもしれない。

その痛恨と絶望の中からの再生がイザヤ書後半にあたる。如何に王制抜きで、イスラエル共同体を保存しその秩序を維持すれば良いのか?それに対する応答が、「モーセ5書」のシナイ契約を中心とした誓約共同体の祭祀国家(エゼキエル書)の誕生だった。「王なしの誓約共同体」の理念は、シナイ・シケム契約を信奉する北イスラエル部族連合の神学。申命記革命で南ユダ王ヨシヤに利用されたのも北の神学。これが捕囚後の民族復興で、祭司神学(P文書)の中で再び甦った。土地・王・神殿を失い、民族のアイデンティを喪失し、自己否定(エゼキエル37章、枯れた骨の復活)を経て、初めて真のヤハウェ宗教に再生しようとしたのだ。絶望・苦難とイスラエルの「残りの者」の中にこそ新生があると言う新理念が、イスラエル民族の歴史的体験となった。この新理念が旧約聖書と言えるのかも知れない。またここからが本来の律法遵守を中心とするユダヤ教の始まりと言える。旧約聖書を歴史的に眺めると、その辺簡易とが見えてくる。その歴史を紐解いてみる。なお、聖書の引用は1950年代の口語訳聖書を用いている。

前編の構成(約20万文字、挿入画像100枚,、カラー)

第一章、旧約聖書成立の概要
第二章、モーセ五書の歴史的背景
第三章、士師記の世界
第四章、サムエル記の世界
第五章、列王記の世界
第六章、バビロン捕囚