おすすめの「哲学 の 森」5選 – Kindle本

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おすすめのKindle本「哲学 の 森」

人生は残酷である-実存主義(エリート)の終焉と自然哲学への憧憬

『侘び然び幽玄のこころ』で日本の美しくも厳しい精神哲学を解き明かした著者が、「生きること」の本質と<自分>という存在の根源的命題を問う。人類73億人のほとんど全員が一生考えることなく終わってしまう人間の根源的命題<自分>について考察する。

池田晶子氏・中島義道氏や永井均氏らの意識論を批判的に分析し、現代哲学の在り方に疑問を呈しながら、新たな哲学(自然哲学=純粋哲学)の必要性を提示している。 著者が一貫して言わんとすることは、エリートと言われる人たち即ち学者や評論家あるいは一流企業人や官僚たちが、ただそれだけでエリートとして通用している事への懐疑と、政治家の器と視野の狭さに対する批判である。何より、戦後日本が1966年来日の哲学者サルトルによってアンガジェされた現実への警鐘である。いまだに言論人の支柱となっているアンガージュマンによって左翼思想が蔓延し、日本人の無思考化への著しい悪影響を与えていると分析する。
したり顔で、単なるイデオロギー的偏見や感情論を垂れ流すテレビのコメンテーターたち。
ヒステリックにトランプ大統領に反対する知識層と一般大衆。実は全てが情報操作でしかない。
「戦争反対、差別反対」を声高に叫ぶ<善意の人たち>という暴力的カルトイデオロギー集団。 誰もが自分の頭で考え、自分の言葉で意見を発していると思っているが、その全てがカルトイデオロギーと無思考の産物でしかないと著者は説く。

そして、著者は読者に問いかける―。
「人が考えるということ」「思索すること」とはどういうことなのだろうか。
そして「自分の人生を生きる」とは。
さらには、「自分」が「存在する」ということの本質は何だろうか、と問い直す。

「自分」はなぜ、<自分>なのか―。

高き理想を目指し、いま目の前にある現実を前向きに生きる―
この一見矛盾する事柄を止揚統合してこそ、真に生きるということであり、人にはその課題が与えられていると著者は説く。そのためには、自分の頭で思考し、自分の足で人生を切り拓くしかない、と著者は語り掛けてくる。
社会批評でありながら、読者に<自分>や「人生」について思考させずにはおかない「真に生きる」ことを求める人のための1冊である。

侘び然び幽玄のこころ─西洋哲学を超える上位意識─

究極の日本精神文化論
あなたは「侘び」「然(寂)び」の違いが説明できますか!?

真実の歴史は、下層の民衆たちによって創られてきたことを人びとは忘れてしまっている。
曽てこんな「わびさび幽玄」本はなかった。
侘び然びをこうも明瞭に解説し得たものは他にはない。画期的な内容ということが出来る。
従来の説を覆し、本物の侘び然び幽玄を語っている。
風は限りなく風らしく、光は限りなく光らしく、大地は限りなく大地らしく土の薫りを醸し出す。
その人生を癒やす為に日本人の魂に根付いてきた「侘び」観。
人々の苦悩を呑み込み、悲しみを和らいで日本人の精神性と人格とを高めてきた。
日本人の歴史そのものとしての侘びは、天皇から民衆までも隔たりなく同位に包んで現代に伝えられてきた。
禅の哲学を取り込み、無一物への志向を強めながら、人々の超越する想いを表象してきた。
日本史2670年の底辺に生きた民衆の悲しみとその忍耐性、そして1000年に及ぶエリートたちの然(寂)びとを追究する知的ロマンの旅である。果たしてデカルトやカントにも勝る程の哲学性が有されているのか、その侘びの源流にも触れていく。
日本人の精神の支柱と言われながら、日本人の大半がその説明が出来ないという現実と、侘び然びの高き哲学性。
このままではこの国から絶滅危惧種化しそうな勢いで、忘れ去られようとしている。
いま、ここで立ち止まり、日本民族としての精神について、真正面から問いかけてくる斯書に読者は腕組みをして、真剣に思索への道を歩み出すだろう。これは日本人としてのアイデンティティを確立する為の必須の書である!

JSかぐやの華麗なる恋愛哲学(桜ノ杜ぶんこ)

天才、毒舌、美少女“かぐや鷹子”。かぐや家ご姉妹の5女の鷹子は、小学6年生にして数々の恋愛ゲーム・小説・漫画……を嗜み、自他?共に認める恋愛マスターなのだ。鷹子は婚約者兼ATMの同級生・早乙女あきら君と共に平穏な日々を送りたい……のだが、他の姉妹たちの不甲斐ない恋愛をプロデュースすることになってしまう。
“団地妻”と呼ばれるおっとり清楚系美人・四女“美羽”と天真爛漫元気娘・三女“縫”──姉たちの悩める恋愛を鷹子は、華麗に! 毒舌に! ハチャメチャに! プロデュース! できるのか? 人気PCゲームライターがお忍びで執筆するラブコメが参上!!

「思索」の森

 さて、今回は、「思索の森」であるが、これは、例えば、晩年のソクラテスは、朝早くから遊歩道や体育場、また、人が多く集まる「広場」(市場)や街頭、その他、もういたるところで、例えば、「勇気」とは何か、「正義」とは何か、「美」とは何か、「善」とは何か、その他と問いながら、いろいろな分野の人たちと積極的に「対話(吟味)活動」を行ないながらも、結局は「真知」が得られなかったわけであるが、その歴史上のソクラテスにならって、例えば、「夢」とは何か、「希望」とは何か、「充実感」とは何か、「克己心」とは何か、「理想」とは何か、「情熱」とは何か、その他、そのような「哲学的思索」の一つの「試み」であり、興味や関心がありましたら、ぜひとも訪ねて見てください。

接続詞の森

『接続詞の森』 僕は叔母にバタークッキーを届けるため、接続詞の森を歩いていた。そこにキツネが現れて・・・。(掌編小説)
『A Short Story』 僕は友人に勧められて短編小説を書くことにする。しかし題材が見つからない。そんな時ふと迷い込んだ場所であるものを見て・・・。(短編小説)
『白紙の図書館』 その図書館にある本は全て白紙だった。僕は白紙を指でなぞり、そこにある何かを読み取る。真っ白な詩集を読んでいるうち、知らぬ間にその世界に引きずり込まれていく。(掌編小説)
『ある一日』 高校で数学の教師をしている「私」は、人生で最も重要なのは規則性だと考えている。しかしある日見た夢のせいで二十年間続いたルーティーンが崩されてしまう。どうにもならない混乱の中で「私」は何かを垣間見る。(掌編小説)
一編の短編小説と三編の掌編小説を収録。